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「掲示板での相談、閲覧・有料メールカウンセリング」の過程では、自我の防衛反応による混乱(興奮)が現れます。精神分析的アプローチによる「自我構造(こころ)の揺れ」です。その点に同意の上入室してください。



1039 沈黙でも意味があるか 123 2009/06/12 16:19
1回(50分)6000円で
精神分析受けてるのですが,
しゃべることが無い。

いま3年目。週に3回です。

ずっと沈黙。
何しゃべったらいいのでしょうか。
こんなので受ける意味があるのでしょうか。
お金と時間の浪費のような。
1040 これはですね kagewari 2009/06/12 20:50
大枠と詳細などいくつか整理するべきでしょうね


まず大枠から
肝心なところを見落としてます
依頼者は123さんです。
言い換えるなら
「理髪店に来店して何も告げずに黙って座っている→何もおきずに時間がたって仕方が無いので料金だけ払って退店しているのですがこれでヘアカットが始まるんでしょうか」
と同じなんですよ、

どうにも医療系(あるいは産業カウンセラー)にはこういう誤認を招く基本的な権威偏向があるので、あたかも「じゃ次は○○しましょう」と意思確認も無く誘導されていると体感される場合あるんですが、
医療の分野において昨今重要視されているのは『インフォームド・コンセント (informed consent) 』であって、
何でしょうね言うならば
「これ選ぶとスポーツライクな五分刈り、こっちだと完全なパンク風スキンヘッド、こちらは長めでパーマも選べます、こちらはドレッドヘアーで、、、」と説明を受けて、『説明した上で注文の確認』する事なんです。
※つまり十分そのカウンセリングの内容説明があったのかも重要

カウンセリング(内容によっては分析的に)のコース選択しますか?
これは「ヘアカットしますか?」です、
ハイと選択した後で、サロンでは無言だと
 ↓
つまるところ『インフォームド・コンセント (informed consent) 』と意思確認の段階から話が曖昧になっているとか、
メンタルな問題特有の「受け身(被(こうむる))」心理で依頼人が自分なのに、医療関係者からの依頼のように逆転しているんですよ。
■この主体性と受け身の誤認はメンタルの典型的な事例のひとつです


大工さん呼んで、何も告げずに「仕方が無いので人件費だけは払ってますが、これで家が建つんでしょうか」
確かに家が建たずに困っている側(被っている)のは自分なのですが、
依頼して大工を呼んだ建主は123さんなんですよ。
ここを誤解(無意識なので”忘れている”に近いイメージ)しています。
※或いは医療関係者(あるいは産業カウンセラー)の側がこの点に十分留意していない。


詳細で考えるなら、
この辺の状況を当事者である医療関係者(あるいは産業カウンセラー)がどう考えているのかって事にもなるんですが、、
事実関係詳細がわかりませんし欠席裁判みたいな話になるのもどうかと思うので、彼らの見解に関しては詳しくコメントできませんが、
環境として、医療・臨床関係で精神分析的な知見(心理学)がしっかりしているところは少ない(基本的にカウンセリング:話を聞くの範囲)、
医療・臨床関係から見れば「レストランの顧客がオーダーしない」といって、店舗から追い出すのは人権侵害(テーブルチャージ料金支払っているのですし)になる上、
事がメンタルですから「何も話せない」事が”現状の答えである”と状況を把握し続けている状態なのかも知れません(その意図が何かと尋ねられても困ってしまうのですが)、
後は料金として彼らの判断が「1回(50分)6000円」という設定は安い(ここも実際統計DATAがあるのじゃ無いんですが医療・臨床系のカウンセリングといえば1時間1万円〜ぐらいしてもおかしくない)という認識で「何も話せない」事が”現状の答えである”と状況を把握し続けている状態を”特別視していない”のか?
(ここ詳細はなんともですが以下注釈にあるように週3の頻度となるとトータルではかなり高額なのでちょっと理解し難いです)

※個人的見解ですが頻度として「週に3回」は多過ぎに思います、
週に1とか月に1とかならアリかと思いますがちょっと考えられない頻度に思います。



■ある意味ここを判断するのも依頼者である123さんでいいのですよ。
(発注:依頼主になりますから)、
自分自身の自己選択として
「意味無いと思います」
という見解であれば、『インフォームド・コンセント (informed consent) 』における意思決定で「不同意」なのですから、
カウンセリングは即刻断ってもいいと思いますよ。
というか、上記の判断があるならここに至る経緯を踏まえて、利用している医院(あるいは産業カウンセラー)を変える判断の方が自然じゃないでしょうか、



現実論として「しゃべることが無い」のは、現状の自我構造を温存する自己防衛保守反応でもあるでしょうし、メンタルに起因する”自意識抑圧”による発言権限の後退(当事者意識の後退)でもあるでしょうし、
ここも即断できませんが、
『しゃべることが無い事についての見解』があってしかるべきところでしょう。
これは医療関係者(あるいは産業カウンセラー)サイドだけでなく、123さんからとしてもです。

つまり、その結論が「今はカウンセリングとかを選択する意思が無い」なのかも知れないですし
手法として問診に近い形で「どの部分に答えが出てこない意識ブロック(或いは障壁)があるのか」を特定するところから初めるべきじゃないかであるとか(これは123さんの側からの”注文”として)、
整理すべきところはありますから、

まず状況判断の整理から初めて自己選択していけば(自己責任=選択著作権:行為の所有権)形はどうあれ今回の問いに関してはスッキリしてくる筈です。

1041 自分の頭の悪さ 123 2009/06/24 22:28
長い長いご返答ありがとうございました。

しかし私の理解力ではおっしゃることがよくわかりません・・・
比喩でご返答くださっていますが、意味が理解できない・・・
自分の頭の悪さを恥じるばかりです。

すみません。
どうもありがとうございました。
1042 これには理由があるんです(補足説明しておきます) kagewari 2009/06/25 02:28
>自分の頭の悪さを恥じるばかりです。
決してそういう事では無いのです、
実はこの点123自身がその論証をコメントしていて
先ほどの文章の前段ですが

>しかし私の理解力ではおっしゃることがよくわかりません・・・
>比喩でご返答くださっていますが、意味が理解できない・・・
ここで語られている事実関係は
「よくわかりません・意味が理解できない」
であって、
文章自体は「比喩でご返答くださっていますが」と”読めている”んですよ。

この現象もメンタルな問題で頻繁に起きるんですが、
強迫症における”認識ブロック”のようなものです。
つまり、
ここにも関わっている部分です
 ↓
>しゃべることが無い。
>ずっと沈黙。
>何しゃべったらいいのでしょうか。

話ぜないのは、こうから話そうかと思う行為そのものに”認識ブロック”がかかっているためです。
(この掲示板では”マスキング効果”であるとか”視野狭窄”等の言葉で説明されるケースも多いです。幼少期の場合教育問題として認識される場合もあります)

これが何かといいますと
※説明のため「乱暴なぐらい簡単に説明すると」と誤解を避けるため「難解でも詳細説明すると」の二つのパターンで説明します

1)「乱暴なぐらい簡単に説明すると」
メンタルな問題の解決(強迫意識の解消:解体)に関係しそうだったり、連想される話には”目を塞ぎ、耳を塞ぐ”のような『反射的な抵抗』が存在するんです。

さらに乱暴に説明しますと、
「強迫意識にとって都合の悪い話は、自意識から隠される」
この強迫意識の干渉によって
「文章は読めるのに、書いてある内容が”あたかも存在しないように”認識されない」
この行為が自覚的に行われていれば
「意識的に受け入れ難いと強い抵抗を感じる」
と認識されますが、
過度の不安や、トラウマ的忌避感からその”抵抗感覚”に対しても抑圧(存在しないかのような錯覚で意識から追いやる)がかかってしまうと、

「どうしてなのかわからない(わかる話なのに)、どうしても頭に入らない(視野に入らない)」
のような体感になるんです。

つまり

話を話し始めようと感じた瞬間
「どうしてなのかわからない(何か話があるはずなのに)、どうしても言葉にならない」
のような体感になるんです。
※無自覚に起きる現象なので「話したくない」という体感にはならない。


2)「難解でも詳細説明すると」
(以降は読み飛ばしていただいても構いません:余裕のある時にゆっくり読んでみてください)
=======================================================================
潜在意識にある強迫意識が、強い拒否感のある事例に連想される事象全般を自意識に対する特権的権限(意識野においての道徳権威等の論理で特権的に)で、抑圧を行い(同時に強迫意識を自己防衛的に保守する抵抗として)、強迫意識を解決したり解消させる「事象や認識や考えや論理全般と、それに関連しそうな事実関係全てを」意識そのものに”これは存在すらしない”とフラグを立てていて、

視界に間違いなく入っている(言葉はちゃんと読めている)のに、
どうしても「まるでそれが存在しないかのように」認識できない。

ここは言語論ですが、
言葉を認識した時点で(全ての意図を汲み取れなくても)必ず、自我は何らかの新しいロジックを”解決(乃至情報処理)”します。
自我を構成しているのは言葉ですから、
大きな解釈すれば「自我は常に変わる(流動性がある)」のです。
 ↓
一見難解に見えてここは誰にでもわかる簡単な話で、
年齢経過の事実関係を認識できない自我は無いのです
「あ、今年の僕は24歳か」
「さて60代となって僕は」
厳密には同じ人物とは言えない。
極論3歳児当時の自我を再現してくださいって、できる人はいません。
100%自我の実存が変遷しているからです。

その変遷は「常に新たに獲得される情報と、その時の自我が新たな情報をどう位置づけるか」によって違いがあるのであって(”こうと決まっている”などという現象は無い)、
同様になんです。
 ↓
言葉を認識した時点で(全ての意図を汲み取れなくても)必ず、自我は何らかの新しいロジックを”解決(乃至情報処理)”します。

■ここでふと感じる事がありませんか?

メンタルな悩みに関連する部分は”あたかも普遍であるかのように”変わらない。
つまり
「その部分の自我の”時制(○歳時代の自我)”が停止している」んですよ、
言い換えるなら現実世界の時間経過を拒否している(聖域化され影響を受けない)。

自我の内部でそれが可能な処理は
「リメンバー・パールハーバー(=日本軍を許さない:暗韻)」や
「アラモ砦の悲劇を忘れるな(=北軍を許さない:暗韻)」や
『トラウマ論(関係する連想性のある事項全てに反射的拒否感)』のような、
史実のようにひとつのスーリーやイメージが印象的・象徴的に付与(或いは暗韻として裏の意味をより強調するために印象化・象徴化)された
『個別の記憶(意識)や時代認識(意識)』になります

そしてここに”だとするならこの教訓に学べ”のようにロジックが後続で付与され続けていくと、
『憲法のような個別の思考や論理』となり、平時の自我にも恒常的に干渉するんです。
「犯すべからずの聖域」であるかのような自己批判も許さないような特権的な優先順位です、

つまり「過去が現在(今の自分)を干渉している」
この現象は『郷土愛』や『学生時代へのノスタルジー』や『自分にとっての○○時代』や『色の好みや癖』等、
「現在(今の自分)にとって、も干渉というよりは”自覚的に認識されていて今の自我と整合性のある”キャラクター」であれば全く問題無いのですが、その存在が「無意識下にあって自分で認識できない場合」(トラウマ論的に)
 ↓
■現在(今の自分)に認識される部分は行動に関係する結論部分だけに限られる

「(何故か)日本軍だけは許せない」
「(何故か)北軍を見ると虫唾が走る」
「(何故か)特定の事項全てに反射的拒否感がある」

こうなってくると、自意識には「どうしてそうなるのかわからない」ですよね。
これがメンタルな問題が自立的に解決することが難しい『自意識・無意識』の関係性の問題なんです。
「(何故か)」の部分が抑圧されていますから、
あたかも原因不明であるため→○○恐怖症であるとか○○不安症だったり○○神経症のような言葉にしないと説明がつかなくなってしまうんです。

「(何故か)」の部分が抑圧されていなければ?
 ↓
「真珠湾攻撃(パールハーバー)を忘れる事はできませんから、今でも日本人に対して強い蔑視感があります」
のように、
悩みというより、一個の主張や主義やイデオロギーになるんです。
この場合
「僕はこう思うよ」や
「全く同意です私は」など
人生で様々な経験や論議の中で、変遷(変化)可能なものになります。


つまり強迫心理のように”あたかも普遍であるかのように”ここは絶対変わらないかのような悩みにならない。
=======================================================================


と(詳細な説明はここまでとして)話は戻りますが


「どうしてなのかわからない(わかる話なのに)、どうしても頭に入らない(視野に入らない)」

「どうしてなのかわからない(何か話があるはずなのに)、どうしても言葉にならない」

■上記の認識も強迫意識が守られこれを変化させない(解決させない)ための『意識障壁』のひとつなんです。

ですから、ここを以下のように考えてみてください。
自分に「そう投げかける」んです、

「わかる話なのに、どうしても話を認識しようとすると”意味”が逃げていく」
「何か話があるはずなのに、言葉にしようとすると”どこかに消えてしまう”」

ここに進むだけでも、強迫意識の障壁の一部は壊れます(鍵が開く)、
解決に一歩近づくって事です。

ストレスや疲れがある時には無理してはいけませんが、
幾分余裕がある時には、そんな風に考えてみるとか、
前回・今回のレスを読んでみる(無理に理解しようとせず”ただ読むだけ”のように)。

だけでも違ってくるものです。

ですから


>自分の頭の悪さを恥じるばかりです

そんなことはありませんよ。